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最高裁判所第三小法廷 昭和41年(あ)417号 決定 1967年1月20日

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人石原豊昭の上告趣意第一点は、単なる法令違反の主張であり(旧河川法(明治二九年法律七一号)五八条ノ二、一号、一八条と刑法二三五条ノ二とは、特別法、一般法の関係にあるものではない旨の原判断は、正当である。)、同第二点は、単なる訴訟法違反の主張であり、同第三点は、量刑不当の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由に当らない。また、記録を調べても、同四一一条を適用すべきものとは認められない。

よつて、同四一四条、三八六条一項三号、一八一条一項但書により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。(田中二郎 柏原語六 下村三郎)

弁護人石原豊昭の上告趣意

第一点 原審判決は、判決に影響を及ぼすべき法令の違反をおかしており、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するので、その破棄を求める。

即ち、本件には、旧河川法第五八条の二、第一項第一号違反の罪が不動産侵奪罪の特別法として優先して適用され、従つて不動産侵奪罪の規定は適用されるべきではない。

けだし右河川法第五八条の二、第一項一号は、「第一八条ノ規定ニ違反シテ河川ノ敷地ヲ占用シタル者」と規定しているものであり「第一八条の規定に違反して」とは地方行政庁の許可なくしてということであるから、結局右五八条の二、一号違反は、敷地管理者たる地方行政庁の許可なく、すなわち何らの権限がないのに、河川の敷地を占用するということであり、不動産侵奪の一場合に外ならない。しかして特に河川敷地の特殊性にかんがみ、一般には未だ不動産侵奪罪の規定が設けられてない時から右河川法の規定が設けられたのである。

しかして不動産侵奪罪の規定で新設された後に制定された新河川法においては、右旧法五八条の二、第一項第一号の敷地占用の罪は規定されていないが、これは明に不動産侵奪罪の設定により、かかる規定が不必要となつたためである。

従つて右旧河川法の規定と、不動産侵奪罪の規定は明かに同一の目的を追うものであり、したがつて特に河川敷地にのみ適用される右規定は、特別法として優先して適用され、一般法たる不動産侵奪罪の適用を排除するものである。

しかるに原判決は不動産侵奪罪を適用した。その理由として河川法の右規定と不動産侵奪罪とは立法趣旨が異り、不動産は専ら他人の財産権保護を目的とし、旧河川法の右規定は、「占用に付て地方行政庁の許可を受けなかつたという行政法上の義務違反の所為であり、これに対し行政罰を課するものである」ということをあげている。

しかし地方行政庁の許可を得なかつたということは結局敷地占用の違法性を指すものであつて、処罰の意味が(違法な)敷地の占用に向けられていることは明かである。敷地の占用という点を捨象して、単に行政上の許可を得なかつたことを処罰するということは無意味であろう。

原判決も「結果的には公の財産保護を目的としているが」といつている如く、旧河川法の規定も又敷地の財産的保護を目的としていることは明かである。そして保護される財産の効用の目的が何か、――つまり金銭的交換価値が、目的とされるか、それとも、河川の維持という特殊な使用価値が目的とされるかは別個の問題である。けだし一般の場合においても、財産の効用は多種であつて必ずしも一般的な交換価値だけが目的となつているものではないから、河川の場合に特殊な目的が存するからといつて、それが故にその効用が財産的効用ではなく、右規定が財産保護の目的を含んでいないということはできない。

もとより河川は特殊性を有するが、それが故に右の特別法が規定されていたのであつて、上告人はその特殊性や立法上の特殊の目的を否定しようとするものではない。

しかし、それにも拘らず「無許可の敷地の占用」ということは明らかに不動産侵奪そのものに他ならず、その特別法であることは明かである。

原判決は又、「両者の構成要件が抽象的にみて共通とはいえず……」といつたかと思うと、すぐ後で、「前者が例えば構成要件はこれを抽象的に比較して共通ではあるが、……」などと矛盾したことを述べた後に続き、「特殊な被害法益もしくはこれと行為者との関連において特別に立法されたものと認むべき場合の如く後者に対して所謂特別法の関係に立つものとは解されない」といつている。

しかし特別法は被害法益その他において特殊な点があるからこそ、特別法として立法されるのであつて、特殊性を挙げて特別法でないということはできない。

原判決も結局、構成要件が共通であることを認め、「特殊な被害法益もしくはこれと行為者との関連において特別に立法された」という点にしぼらざるを得なかつたのであるが、特殊ではあつても河川の維持ということは、財産的側面をも含んでおり、したがつて不動産侵奪の罪の立法趣旨は河川法の規定にすでに含まれているというべく、同規定は不動産侵奪罪につき特別法の関係に立つものであるから、原判決が不動産侵奪罪を適用したことは法令の適用を誤り、法令に違反したものというべきである。

尚判決に影響を及ぼすことは、本件の性質上明白である。<後略>

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